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2020年5月

2020年5月26日 (火)

ラッキョウを漬けました。

 今年もラッキョウが出回って来ました。

買うのと違って自分で漬けるととっても美味しい!!!。

今年は2キロ買いました。

去年 お礼にラッキョウの漬けたのをあげましたら、評判が良かったので、

何かのお礼に使えると・・・今年は多めに漬けたのです。

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小ビンで漬けたので、今日又1つ小ビンで漬けます。

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2020年5月21日 (木)

相続問題。

  母が 5月6日に亡くなり通夜&葬儀が10日に終わりました。

その後は区役所に行き、

母の健康保険、介護保険、身障者手帳等返却手続きをしましたが、

未払い請求が2つと、健康保険組合から葬儀料の名目で

5万円が出る手続きの仕事があります。

未払い請求は年金と恩給です。

恩給とは父が軍人だった関係の支払いです。

又 母の土地を売却するのに名義変更が必要です。

母が生まれた時から死ぬまでの戸籍追跡が必要となり、これが大変な事になりました。

母は北朝鮮(満州鉄道勤務の祖父でしたので。)生まれで、

帰国後は父の故郷岡山に住んでいました。

現在 岡山までの戸籍が集まっています。

土地を売るにも信用のおける会社選びをし、母の土地の価格を調べました。

土地の名義変更は相続人3人の共同名義にするつもりです。

法務局は 現在・・・コロナの関係で面談が出来ないそうです。

提出書類もインターネットからコピーして・・・と言われました。

 相続税は死亡を知ってから10カ月以内に手続きしなければいけないのですが、

我が家は非課税範囲なので提出しなくても良い。

人は生まれるより死亡時が大変な作業が待っています。

作業だけでなく相続人通しの感情の行き違いが生じます。

どんなに大変な介護をしても、

介護にノータッチだった姉妹(兄弟)とも平等に遺産分割となりますから。

去年から介護に大変だったお嫁さんは、相続人に対し介護の請求権が認められました。

姉妹間にも必要な権利として改正して欲しい所だと思っています。

  今 コロナ関係で葬儀もO回忌もお寺の方で拒否しているそうですから

母の49日も親族が集まるだけになりそうです。

2020年5月12日 (火)

99歳 大往生の母。

 5月 6日 午後6時05分 安らかに眠るようにこちらが気が付かないような

亡くなり方をしたと、姉から聞きました。

私は風邪気味でしたので施設のホールで待っていました。

コロナ騒動が無ければ姉と一緒に母の最期に立ち会えていたと思います。

最近の母は食事も水も受け付けていない・・・と

施設の看護婦さんから報告がありましたから、も~長くないと覚悟はしていた所でした。

当日 施設から「お孫さんも面会に来て良いですよ。」

姉と私は月曜日に面会出来、その時「孫も面会が出来ますか?。」と。

月曜日は 「ダメです。少人数しか面会は不可。」

6日 午前中に施設から連絡が来て私の娘と姉の娘2人で午後2時に面会に行き、

母は嬉しそうに笑って楽しんでいたと娘から報告を受け一安心していましたら、

5時30分 施設から・・・

「1人で逝かせるのは可哀想なので今からすぐ来てください!!!。」

姉と私 急いで施設に向かい、到着したら姉だけ防御服の支度をして母の元へ。

「ひ孫にも会いたいでしょうから呼んでください。」

晩年の母の生きがいだったひ孫。

ひ孫が到着するのを待って・・・静かに息を引き取りました。

熱もなくクシャミだけの私も 許されて防御服になり母の元に行けました。

 コロナの関係で面会謝絶状態が3月1日から始まり約2か月続いていました。

毎週 外出してストレス発散していた母はさぞ寂しかったと思います。

突然脳梗塞になり倒れてから2年が経ちます。

おしゃべりだった母が失語症・・・母が発する言葉は意味不明。

こちらが母の気持ちを察して「・・・なの?。」うんと頭を縦に振ったり、手で合図したり・・・、

それなりに意思疎通が出来て居たり、時には母の思いが通じず母の怒りが出たりと。

色々ありましたが、母が生きて居るという有りがたさもあり楽しい時間を持てていました。

コロナのせいで会えなかったけれど、母が逝くという心の動揺は最少減で済んだようです。

 これから相続問題の処理が待っています。

私は姉・私・弟(長男)の3人姉妹。弟(近くに住んでいる)は母と同居していないので、

いつも行動は母・姉・私・姪。

弟は年1回ぐらいの実家訪問なので、

何かあった時のお金の出し入れは私にと頼まれていました。

そんな関係ですから 母の存命中に3人で相談事があった時・・・

意思の行き違いで、弟は母の事から「一切手を引く。」となり、

姉と私2人で財務処理をすることになりました。

大体の事務処理は私がやる事になり、これから大変そうです。

親が亡くなる時はトラブルがある・・・と聞いていましたが、

我が家も例外ではありませんでした。

  母の人生は本が書けるぐらい豊富なものです。

満州で生まれ引揚で帰国、戦後の大変な時代を強く逞しく生き、共稼ぎで生活を支え、

老後は一族の要となり子供たちの生活を助け・・・男勝りの豪快な行動。

又1人 大黒柱の人が逝きました。

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